犬の存在

 私にとって「犬」という生き物はとても大切な存在である。
生まれてこの方、というわけではないにしても6歳のときに飼い始め、それ以来ほとんど途切れることなく常に側にいる。
一人暮らしをするため実家から離れてからは自分で飼うことはしていないが、実家に帰れば必ず犬が待っていてくれる。
帰ったら必ず尻尾を振って体中で喜んで迎えてくれるのが犬であり、私にとってはあまりにも当たり前のことだった。

 結婚してから今に至るまで住んでいるマンションはペット禁止だ。
自分は犬を飼ってもきちんとしつけて近所迷惑にならないように育てる自信があるが、
世の中の人が皆そういうわけではないからだ。
近隣の住民に夜な夜な動物のことで迷惑をかけられるのはたまらないと、ペット禁止のマンションに住むことにした。
どっちみち共働きで、当分の間ペットを飼ってもろくにかわいがってやる余裕もないだろう。
それでは飼われる側もかわいそうなので、動物を飼うことは諦めていた。
それに、実家に帰ればいつも犬がいる。
いつでも嬉しそうに出迎えてくれる。
それで十分だった。

 実家に置いてきた犬は、彼女が赤ん坊の頃に人から譲り受けた。
彼女の毛の色合いから母が「ちゃぼ」と名づけた。
まだ小さいうちに母犬から離したせいか毎晩淋しがって鳴くので、私の部屋に段ボール箱を置いてその中に入れた。
夜中に鳴くと、私は飛び起きて話しかけたり撫でたりして宥めた。
私が実家にいた間はずっと私が毎朝毎晩散歩に連れて行き、私が餌をやり、私が面倒をみていた。
私が家を出てからは母が一切の面倒をみてくれていた。
赤ん坊だったちゃぼがもう11歳になった。
犬としては結構な年齢だが、まだまだ元気いっぱいで子供のように走り回る。

 この度、私の両親共にどうしてもどうしようもない理由で急に何が何でも海外に出なければならなくなった。
期間は1年。
1年経ったら確実に帰ってくる。
しかし、そのほんの1年間という期間なのに、ちゃぼの行き場がなかった。
当初、連れて行く予定をしていたのだが、高齢のため獣医がどうしてもOKを出してくれず、
海外に連れて行くために必要なチップを埋め込んでくれなかったらしい。
母は本当にものすごくいろいろ奔走して預かり先を探し回った。
私もペットホテルや施設や知人あちこち聞いたり調べたり必死に探した。
親戚縁者は元より、知り合い、友達、友達の友達、挙句の果てには張り紙を貼らせてもらって引き取り手を探した。
全滅だった。
もう残り時間も少ないことから、母はついに苦渋の決断をした。

保健所に送るしかない

 たった1年のことなのに。
ほんの1年誰か条件の許す人が預かってくれさえすれば、また引き取るのに。
ほんの1年。
たった1年のことでちゃぼが命を落とすことになるのかと思うとやりきれなかった。
自分がペットOKのマンションに住んでいれば引き取れたのに。
自分が独り身なら1年くらい実家に戻ってちゃぼの面倒をみることもできたのに。
毎日のように自分を呪った。

 もう八方塞がりで期限切れ、というとき、朗報が舞い込んだ。
母の友達のお父さんが引き取ってくれる、というのだ。
話を聞けば非常に犬が好きな人のようで安心して任せられる。
だが、くれるなら喜んで引き取るが預かるのは嫌だ、とのこと。
生き物なので、やはり何かあったときのことを考えると責任を持ちきれないということらしい。
それ以外は条件的にどれをとっても願ったり叶ったりだったため、母は泣く泣くちゃぼを手放すことを決意した。

 ちゃぼは人手に渡った。
これから何年生きるかわからないが、もう会うことはできない。
もう実家に帰っても犬が出迎えてくれることはない。
それより、何もわからず知らない人のところに引き取られていったちゃぼはどんな気持ちでいるだろう。
それを思うと胸が張り裂けそうだ。
ちゃぼ、ごめん。






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