今昔

 毎年、何故か今の時期になると昔のことを思い出す。
特に今の時期に何か思い出があるわけでもないのに、教え子達のことを思い出す。
といっても、私は真の教育者ではない。

 家庭教師をしていたあの子は今どうしているのかしら。
質問をしても首を傾げ、イエスノークエスチョンで責めても首を傾げるだけだった、おとなしすぎるあの少女は。
あの兄弟はどうしているんだろう。
裕福だが仕事が忙しく構ってくれない両親のもとで、いつもゲームのことにばかり夢中で
授業中も作文を書かせてもゲームの話ばかり、何とかして勉強をさぼろうとしていたあの兄弟は。
勉強がすごくよくできて最高レベルの高校に進みながら、親が言うからという理由で家庭教師をつけていた
あの少年はどうしているのだろう。
私が『家庭教師なんか本当にいるの?』と聞くと黙って首を振ったあの子。
自分の意思をはっきり親に伝えることが君の勉強だと言って去った私の言葉を覚えているだろうか。
3人姉妹の末っ子で甘やかされ放題だったわがままで甘えん坊の彼女。
私の厳しい言葉に嫌な顔をしていた。
お誕生日プレゼントに、と少し大人びたネックレスをあげたらあまり嬉しくなさそうに『ふぅん』と言った。
それでも、私の都合で家庭教師をやめさせてほしいと話を切り出すと泣いて嫌がってくれた。
私が短期間ながら塾で教えていたあの子達は今どうしているのだろうか。
スポーツ万能で成績優秀だった彼。
私が教えたことに対して疑問をぶつけてきたにも関わらず、私が『それは覚えるしか仕方がない』と
つまらない答えを返したことをまだ覚えているだろうか。
いつも優しく明るかった彼女。
私が余計なことを言って塾長先生に叱られる度に、後で明るく『先生、気にすることないよ!』と励ましてくれた
あの子は今ちゃんと幸せになっているのだろうか。
テストの度にカンニングしていた本当は頭のいい不良ぶったあの少年は。
あるテストの後で二人きりで行った秘密の会談のことを覚えているだろうか。
『カンニングをしても構わない』という私の第一声に目を丸くしていた。
私の本意を理解して今でも覚えてくれているだろうか。
進学クラスでいつも最下位の成績をとるからといって、自分がこのクラスに入るのはおかしいのだと
一人で思い悩んでいたあの少年。
いろいろ話を聞いて、みんなには内緒で他の人の倍以上の宿題を課した私のことを恨んでいるだろうか。
当時人気のあったアイドルに似ているとよく言われると言っては得意げに笑っていた
作文の文法も漢字もめちゃくちゃだった彼女。
くだらないアイドルよりも貴女の方がずっとかわいいのだから、人に似ていると言われて自慢するのはやめなさい、
と言った私に対して不満そうな顔をしていた。
クラスの態度にあまりにも腹が立ちすぎて、前列の子供達に『耳をふさげ』と言って出席簿で思いきり机を叩いて
出席簿を折って、塾長先生に叱られた。
次の授業で意気消沈していた私に、何の感情も見せずにクールに
『先生、気にすることないよ、ここは塾なんやし、みんな勉強しに来るのが当たり前やねんから』と言い放って去っていったあの女の子。
彼女は今でもクールに物事を評価しているのだろうか。
勉強ができない女の子を『お前はアホやから臭いねん』と言って馬鹿にして私に頭をぶん殴られた少年。
その後、怒鳴り込みに来た親の後ろでほくそえみながら隠れていたあの少年は
今では頭の痛みではなく心の痛みというものを理解してくれているだろうか。
学校で行われた実力テストの順位が3つ下がったと言ってヒステリックに怒鳴り込みに来た母親の後ろで
いたたまれない顔をしていたあの少年。
彼の顔が忘れられない。
褒めてもらいたいという思いを全面に出しながらも、褒めると『まだまだ全然アカンねん』と言いながら
常に私の周りをまとわりついていたあの子、
勉強よりもスポーツで優秀な成績を修めて塾に来たがらなかったあの子、
成績さえよければ何をしてもいいのだと塾の備品を壊しても平然としていたあの子、
よりによって私に恋の相談をもちかけたあの子、
いつも子供とは思えないくらいきらびやかな格好をしていたあの子、
帰る前には必ず『電話貸してください』と言って家に帰宅の連絡を入れていたあの子、
授業中絶対に真っ直ぐ前を向かなかったあの子、
宿題を出すと『宿題多すぎー!』と叫んでいたあの子、
『先生なんで先生なんかやってんの』と答えにくい質問を投げかけてきたあの子、
etc.
私が塾長先生に叱られ受験の鬼になっている生徒達から嫌な顔をされながらも
授業時間を50分まるまる潰して受験用の勉強ではなく人が生きるということについての授業をしたことを、
みんな覚えてくれているだろうか。
嫌なことが多かった家庭教師と塾講師。
それでも、私は教え子達のことを思い出す。
思い出すのは彼らの笑った顔、ふてくされた顔、ずる賢い顔、真剣な顔。
どれほど悪ぶっても、どこか幼くて純粋な顔、顔、顔。
全員が真っ直ぐ成長していると考えるほど私はウブではないが、やはり彼らの行く末が案じられる。
このよじれた現代で生きなければならない子供達はかわいそうだ。
自分の意思を強く持って自分の力で生きていかなければならないと、
事あるごとに切々と説いていた私の言葉を、みんな覚えてくれているだろうか。

 こういうことを考え出すと、そろそろ秋かなぁ、と思う。






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