梅酒の季節

 今年は早々と梅酒を漬けた。
早々と、というのは去年の自分と比較してである。

 「梅酒を漬ける」などと言うと『え〜、おばーちゃんみたぁい』と馬鹿にしたようにくすくす笑う人が必ずいる。
自分では何もできず何もせず単に甘やかされて育ってきただけで自分でお嬢ちゃまを気取っている、
まったく何の役にも立たない馬鹿子ちゃんが多い。
不愉快ではあるが、彼女達は物の真価がわからないので仕方がない。
たまに後から取ってつけたように『あ、でもぉ、家で作るのっておいしいよねー』と言う人もいるが、
単に自分が悪者にならないためだけの発言なので気に留めるに値しない。
馬鹿子ちゃん達は雰囲気のみに頼っているところが大きいので、おそらく男が梅酒を漬けていると言えば
『えー、かっこいー』と言うことだろう。
馬鹿馬鹿しいので無視することにしている。

 私の母は私が非常に幼い頃から毎年梅酒を漬けていた。
毎年6月に入ると、梅干と梅酒を作る作業の手伝いをさせられた。
私は母の隣に座り込んで床の上に敷かれたバスタオル一面に広げられた梅を1つ1つ丁寧に拭き、
『梅酒の梅は丁寧に優しくきちんとおへそを取ってあげてね』と言われるままにつまようじで梅のおへそを取ったものだ。
成長するに従って、自分がどれほど努力をしたところでそれは自分の口に入るものではなく
父の口に入るものでしかないということがわかってからは嫌々手伝うようになったが。
毎年5月も下旬になると瓶の底に残っている梅酒はほんの僅かで、母はその僅かな梅酒を空き瓶に移した。
『梅酒は置けば置くほどまろやかになるのよ』と呪文のように唱えながら別で保存していた。
私はというと、梅酒から上げる梅が大好きだった。
比較的小さい頃から梅酒の梅を食べていたように記憶している。
規律の厳しい我が家だったが、喘息持ちの兄は時々かりん酒をスプーン1匙飲まされたりしていた。
かりん酒は咳にに効く、というのがその理由らしい。
私は特に理由はなかったが、梅酒の梅だけは稀に1粒2粒食べさせてもらえることがあった。
私は梅を口いっぱいにほお張ってゆっくりかじり、種だけになってからも長い間口の中で転がしていた。
私が大学生になり社会人になっても梅酒自体はあくまで父のものであり、梅酒の梅だけが私に許されていた。
あんたにはもったいない、と言って飲ませてもらえなかった梅酒だが、母の漬ける梅酒はとびきりおいしい。
母の梅酒は甘すぎず、かと言って甘味が足りないわけでもなくちょうどいい。
母の梅酒を飲んだらそんじょそこらの市販の梅酒は飲めない。
親元を離れて暮らすようになってからはこっそり母の梅酒をくすねることもできなくなった。
甘ったれて完成品を無心してみたが、あっさり『これは○年ものだからもったいない。自分で漬けなさい』と断られた。
仕方なく自分で漬けることにした。

 やがて巡ってきた去年の6月、梅酒を漬けようと目論んでいたことをすっかり忘れて6月が終わる頃
慌てて梅を買いにスーパー巡りをして何とか手に入れることができた。
時期がもう終わり頃だったのであまりいい梅がなく、おいしく漬かるか心配だったが半年後には綺麗な梅酒に育った。
味もとてもおいしかった。
だから、今年は6月に入って早々梅を買いに行った。
というか、人から梅酒の時期だと思い出させてもらった。
私ときたら、今年も梅酒の季節に入ったことをすっかり忘れていたのだ。
私が梅酒が好きなことを知っている知人が、親切にも漬けたばかりで後半年待たなければならない梅酒をくれたのだ。
彼女は『3ヶ月待ってね』と言ったが、梅酒がおいしくなるまでにはやはり半年は待った方がいい。
しかし、それで私は今年も梅酒の季節に入ったことを思い出した。
知人がくれた梅酒は比較的小さいサイズだったので、自分でも漬けることにして梅を買いに走った。
今年は梅酒用の梅の最盛期に買いに行ったはずなのにいまいち梅の質がよくなかったように思う。
とはいえ、梅がなければ梅酒は漬けられないのでとりあえず買って漬けてみた。
梅があまりよくなかったのでカビが生えるのではないだろうかという心配があるが
1週間に数回瓶を揺すって中身を撹拌している。
半年後が実に楽しみだ。






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