傲慢な私

 出張先の駅の本屋さんで何気なく手に取った文庫本を購入し、帰りの新幹線の中で読んだ。
引きこもりに関する本だった。
以前から引きこもりの実態には興味があった。
引きこもりの実態とそれらの人々の心情が知りたかった。
何故引きこもってしまうのか。
引きこもる人の気持ちがわからない。ずっとそう思っていた。
しかし、途中まで読んで気分が悪くなり、続きが読めなくなって本を閉じた。

 会社を辞めてからしばらく自分を失っていた頃、私は仕事もせずに家の中で漫然と日々を過ごしていた。
来る日も来る日も朝から晩まで自分の存在意義を問い続け、答えが見つからずに落ち込んでは問い続けていた。
勉強をしたり本を読んだりしたが、どうしても自分の存在意義がわからなくて集中できなかった。
暗い考えから逃げ出すために、ネットの世界に入り込みチャットにのめり込んだ。
夕方から夜中にかけては日本語のチャットルームにお邪魔して真面目な話、くだらない話、どうでもいい話をして時を過ごした。
明け方になると、まともな人は寝てしまうので今度は英語圏のチャットルームにお邪魔して夕方までチャットをして過ごした。
私が部屋から出るのはほとんど食事のときと、犬のお散歩のときだけだった。
やがて、近所の人の目が気になるようになり、日中も部屋のカーテンを閉め切った。
暗い部屋の中で私はベッドの上に座り込み自分の存在意義を問い続け、ひたすらパソコンに向かった。
親が自分の部屋に入ることは滅多に許さず、呼びかけられてもドアをほんの少しだけ開けて顔を出した。
心配した母が無理やり部屋に入ってきてカーテンや窓を開けると、私は猛烈に怒って閉めた。
光が嫌だった。
食事時など、母にいい加減将来のことを考えなさいと柔らかく諭されても『うるさいな』『わかってるよ』『ほっといて』
と言って自室に逃げ込んだ。
自室に逃げ込んで自分を責めて自分の存在意義を問い続けた。
父が恐かったので、朝は父が出勤してから階下に下りて食事を摂り、晩は父が帰ってくる前に食事を済ませた。
土日は父も交えて食事をするしかなかったので、ずっと下を向いてご飯とおかずとにらめっこをしながら一言も喋らず、
大急ぎで食事を済ませて早々に部屋に逃げた。
何度か父が舌打ちをして『お前は暗い。周りの雰囲気を暗くしているのがわかっているのか。お前の態度は不愉快だ。
食事のときくらい顔を上げて会話をしたらどうなんだ』と私を叱ったが、
私は父をにらみつけて何も言わずに部屋に逃げた。
存在するだけで周りの雰囲気を暗くしてしまうのであれば、自分など消えてしまえばいいと思っていた。
人間は息をするだけでお金がかかるのだと思うと、何もしていない自分が生きていることが心苦しく、
真っ暗な部屋の中で息を止めてみたり、食事の量を減らしたりしてできるだけ親に負担をかけないでおこうとしたりした。
電気代がかかるので晩になっても部屋の電気をつけず、冬も夏も締め切った部屋の中でエアコンをつけることもしなかった。
矛盾したことに電気代や通信料のかかるネットはやめられず、私の部屋の明かりは常にパソコンの画面の明かりだった。
話しかけられることが怖くて親を避け、階段を上り下りするときは泥棒のように足音をひそめ、
お茶を入れるために台所に入るときも親が別室にいることを確認した。
お手洗いに行くのもひっそりと行動し、親のいないフロアのものを利用した。
部屋から出て階段を下りかけ、人の足音がして部屋に逃げ帰ることもしばしばだった。
お風呂には父が寝たことを確認してから入った。
一人で部屋にいるときも、足音が近づいてくるといつも緊張してドアを見つめた。
やがて一時凌ぎのアルバイトを始めたが、夕方の暗くなる頃に出勤すればいい家庭教師や塾の非常勤講師を選んだ。
父が帰る前に家を出て父が寝てから家に帰る生活を送った。
家を出るときと入るときは近所の人が外に出ていないことを確認してから出入りした。
しかし、塾の非常勤講師は塾と合わなかったこともあって半年で辞めた。
自分はアルバイトすらまともにこなすこともできないのかと思い、暗い部屋の中で自分の存在意義を自問した。
極めて稀に友達に呼び出されて外出したが、そのときは虚勢を張って何も問題はないかのように涼しい顔をするように努めた。
親に迷惑をかけていることが心苦しくて、生きていることが苦痛だった。
私は空気になりたかった。
私が再び社会に出るようになるまで2年弱そのような状態が続いた。
今振り返ると、当時の私はさぞ不愉快で不気味で嫌な奴だっただろうと思う。
救いの手を差し伸べようとしても悉くはねつけられて為す術のなかった親にとっては、
自意識過剰な私と過ごした2年弱はとても辛かっただろうと思うと申し訳ない。
母が時々『あんた幽霊みたいよ』と言っていたが、その通りだったと思う。
だが、私は自分が引きこもりだとはこれっぽっちも思っていなかった。
冗談で友達に「引きこもりみたいな生活を送っている」とメールを送ることはあったが、
本当に自分が引きこもりと呼ばれるような状態であると思ったことはなかった。

 私が読んでしまったその本には、私の当時の状況と非常に似通った生活を送る人の話が載っており、
それは引きこもりだった人の体験談だった。
その人は再び社会と接するまでに長い年月を要しており、私は2年弱という期間だったが、
心理状態やその人の日常生活は私のそれと酷似していた。
私は初めて自分が引きこもりだったのだということを知った。
そして、続きが読めなくなった。

 偉そうに、引きこもりと呼ばれる人達の気持ちがわからない、などと言って涼しい顔をして、
何のことはない、自分がその引きこもりだったのではないか。
私はとてつもなく傲慢だ。






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