圧力鍋の到来

 ひょんなことから圧力鍋が手に入った。
まさかお料理嫌いの自分が圧力鍋を使う日がくるなど思ったこともなかったので少し面食らった。

 私は昔からお料理が大嫌いだ。
大嫌いだが、哀しいかな、できないわけではない。
小さい頃から『嫌いなのとやらないのとは別の話』だったか何だったか、
とにかく「嫌いだからやらない」「嫌いだからできない」という理屈を絶対に通さない親によって
泣きながらでも喚きながらでも無理やり台所の手伝いをさせられていたため、
中学生になる頃には我流ながら基本的なことは一通りできるようになっていた。
『私ぃ、お料理嫌いだからできないしぃやらないんだ』などと言っている人を見ると羨ましくなる。
私はできないわけではない。
しなくて済むほどの財力もない。
貧しくして生きていくためには嫌でも何でもできる以上はお料理をするしかないので嫌々やっている。
だから、調理器具にも特にこだわりはない。
自分の財力に見合う程度のレベルで壊れなくて使いやすければそれでいい。
従って、自分で圧力鍋などという高級調理器具を手に入れることなど考えたこともなかった。

 無論自力で手に入れたわけではなく、人の好意で手に入ったその圧力鍋は恐ろしく高級品だ。
タイガーの(多分)最新のIH圧力鍋というもので圧力鍋とIH調理器がセットになっている。
お鍋と調理器がセットとしてしか使えないという利便性の悪さはあるものの、それは贅沢というものだ。
貧しい私は弱い電気コンロ1つと中古のオーブンレンジしかない生活をしているので、
熱源が一つ増えたことはセンセーショナルな出来事だった。
しかし、実は私は圧力鍋というものがあまり好きではなかった。

 初めて我が家に圧力鍋が登場したのは私が中学生の頃だったと記憶している。
母が何年も前から欲しがっていたのだが、父は贅沢品だと言って買うことを許さなかった。
それが、どうやって説得したのかある日圧力鍋が我が家にやってきた。
調理器具になど微塵も興味がなかった私は遠巻きに眺めていただけだったが
母は余程嬉しかったらしくしばらくは頻繁に使っていた。
その圧力鍋は少し大きく、とてつもなく重く、圧がかかっているときの音が恐ろしくうるさかった。
どこのメーカーか知らないが、臆病者の私にとって圧力鍋の騒音と蓋の上でおもりが躍っている様子は
あまりにも異様な光景で、それ故にうるさくて怖くて近寄れなかった。
母も、圧力鍋は危ないからといって私をあまり近くに寄らせることはなかった。
その結果、私には圧力鍋はうるさくて重くて危険なものという固定観念が植えつけられ、
その後もずっと何となく圧力鍋を敬遠してしまっていた。

 さて、昔のことを思い出しながら自分のもとに届いた圧力鍋をしばらく眺め、
説明書を隅から隅まで読み尽くし、注意書きも全て何度か読んで頭に叩き込み、
大体納得したところで実践に移ることにした。
実際は一度も危険な目に遭ったこともないのに怖がるなんて馬鹿げている。
手始めに黒豆を煮てみることにした。
説明書と共に専用のクッキングブックもついてきたので、それに則って作り始めた。
適当に材料を量って圧力鍋に放り込み、本に書いてある通りにボタンを押した。
IH調理器つき圧力鍋なので自分で火力の調節をしたりするのではなく、
おもりをセットしたらボタンを押すことになっているらしい。
原理がよくわからないまま、書いてある手順通りに進めた。
圧力鍋特有の頑丈な蓋をしっかり閉め、おもりをセットして恐る恐るボタンを押して、離れた。
何かあったらすぐに逃げられるように、台所のドアの陰に半分身を隠しながら眺めた。
圧がかかるまでに少し時間がかかると説明書に書いてあった。
圧がかかり始めたら蓋についている赤いボタンがぴょこんと跳ね上がると書いてあった。
じっとじっと見つめていると、ついに赤いボタンがぴょこんと飛び上がり、
調理器に内蔵されているタイマーが作動し始めた。
そろそろおもりがびゅんびゅん回りながら蒸気を吐き出し、それと同時に
ひゅんひゅんしゅんしゅんしゅるしゅるぴぃ〜んというひどい音が聞こえてくる
と覚悟しながらじっと見つめていたが、いつまで経ってもおもりは回らず蒸気もさほどひどくは吐かず
音も極めておとなしくしゅんしゅんしゅんしゅんというだけで、ちっとも怖くない。
家の圧力鍋の印象が強烈すぎて、もしかしてこの圧力鍋は壊れているのではないか、と思い
様子を見るために恐る恐る近づいてみた。
しかし、確かに蓋の赤いボタンは上がっており、タイマーも正常に作動していた。
圧がかかり始めるまではタイマーは作動しないと書いてあったのでおそらく圧がかかっているのだろう。
とすると、この圧力鍋はもともと静かな圧力鍋に違いない。
という結論に達して嬉しくなった。
音も静かでおもりも回らない圧力鍋なら蒸気も飛び散らないし怖くない。
これはなかなか優れものじゃないか。
大きさも私の小さいシンクにぎりぎりおさまるので洗いやすいし、あまり重くもない。
急に面白くなってきた。

 その圧力鍋にはいくつかの自動調理機能のついたボタンがあり、
それらを調理するときは本当に材料を放り込んでボタンを押すだけで完成する。
時間の設定も勝手にしてくれるし、蒸らし時間も勝手に決めてくれる。
お利口さんだとは思うが少し物足りない気もする。
レシピも付属のクッキングブックだけでは物足りなくてネットで探してみた。
しかし、検索にひっかかるレシピは少しわかり辛いものが多かった。
恐らく「加圧」と表現したいのであろうところを「加熱」と表現していたりする。
読んでいるうちに混乱してきた。
おまけに、レシピを載せてくれている人々の使っている圧力鍋は私のとは少し違うらしく、
「おもりが回り始めたら弱火にして」とか火加減に関する表現が頻繁に出てくる。
私の圧力鍋は加圧する際は火力の調節をするところがない。
加熱するときは火力の調節ができるが、加圧のときはどこをいじっても火力の調節ができない。
私の圧力鍋はその辺りがどういう仕組みになっているのかよくわからない。
結局わけもわからないのに変なことをしてはまずいと思い、ネットレシピに頼るのはやめておくことにした。

 とはいえ、少しずついろいろと作る努力をしている。
最初に作った黒豆は味付けが悪くてあまりおいしくなかった。
しかし、それはお豆さんのせいでも圧力鍋のせいでもない。
両方ともそれはそれは素晴らしく機能してくれた。
蓋を開けてつるつるぴかぴかの黒豆が出てきたときは一人で感動した。
どのお料理もクッキングブックの調味料の量に従うと、どうもあまり私の口に合わないようなので、
申し訳ないが今は自分の味付けで作ることにしている。
他にも豚の角煮を作り、玄米を炊き、白米を炊き、カレーを作り、スパゲティを茹で、鶏肉を茹でた。
毎回ドキドキしながら蓋の閉まり具合等を何度も確かめてスタートボタンを押す。
最近、やっと少し慣れてきた。
初めて蓋を洗ったとき、いきなり内側の巨大なパッキンがどごんと落ちて肝を冷やした。
乾かしてから何度はめてみても簡単に外れるので、こんなに緩くて大丈夫なのだろうかとドキドキしたが、
その後の調べにより、圧力鍋というものは圧力がかかるときのために
わざとパッキンを緩くしてあるのだと知って胸を撫で下ろした。

 圧力鍋があると、調理時間の短縮になるという言葉をよく聞いていたが、
圧がかかるまでの時間と最後の蒸らし時間が意外と長いため、実際の調理時間はそう変わらないことを学んだ。
黒豆や角煮など、通常のお鍋で数時間かかる物であれば確かに全体の調理時間は相当短縮されるが、
ご飯を炊いたりスパゲティを茹でたり野菜を茹でたり、元々調理時間がさほどかからないものに関しては
全体にかかる時間はさほど変わらない。
でも、今はまだ楽しい。
新しいからだろうか。
しばらく経って飽きたら、私も人々のように圧力鍋を物置かどこかにしまい込むようになるのだろうか。
そうならないように自分で応用できるように、もう少し研究してみようと思う。
ネットでタイガーIH圧力鍋についていろいろ調べたところによると、
「タイマーは圧力をかけるときにしか使えないのが期待外れ」とか
「圧のかかり具合が今まで使っていた圧力鍋と比べると弱いような気がする」とかいう苦情があったが、
圧力鍋初心者の私には比較の対象がないので、今の圧力鍋がえもいわれぬほど素晴らしいものに見える。
無知とは得なものだ。
それに、その圧力鍋は説明書には加熱機能は補助機能程度だと書いてあったが、
そうは思えないくらいしっかり普通の加熱調理もできるので
私にとっては熱源が増えたことが何よりありがたい。

 だが、しかし。
だからと言って私がお料理好きになったかというと決してそうではない。
今は圧力鍋研究という目的のために一生懸命励んでいるだけであって、
別にお料理が楽しくてやっているわけではない。
面倒なことは大嫌いだ。
お手伝いさんを雇えるくらいの財力が欲しい…。






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