沈丁花の思い出

 (多分)沈丁花の香しい季節になってきた。
私は花には疎いので金木犀と沈丁花の香りの違いがわからない。
ついでに言ってしまうと、実は金木犀は日本のお宅のお手洗いの匂いというイメージがあって
大変失礼ながらあまりいい印象がない。
おそらく幼い頃にたまたま訪れたお宅でたまたま金木犀の芳香剤を使っていたのがあまりにも強烈だっただけなのだろうが、
とにかく、未だに金木犀にはいい感情を持つことができないでいる。
そんな植物音痴な私が何故沈丁花などという花の名前と
(金木犀と区別がつかないとはいえ)その香りを知っているかというと、ちゃんとわけがある。

 何年か前、家庭教師をしていた時期があった。
当時教えていた生徒のうちの一人にとてもとても無口な女の子がいた。
授業中質問をしても返事が返ってくることは稀で理解できているのかどうかを見定めるのも一苦労だった。
彼女のご両親もやはりとても物静かでぽつりぽつりと言葉を発するような、とても穏やかな方々だった。
秋も深まったある日、帰る間際にお父さんがおっしゃった。
『先生、沈丁花はお好きですか?』
植物音痴の私は沈丁花の何たるかなど知るはずもなく、ぽかんとして
『ジンチョウゲとは何ですか?』と尋ねた。
お父さんはてけてけと庭を横切ると小さな花をつけた木が植えられた鉢を2つ持ち上げて見せてくれた。
『これが沈丁花なんですが、いつもお世話になっているのにうちら何もできへんし、
うちのを切っただけで申し訳ないんやけど、これは育てるのも難しくないし、もし…、と思って…』
その尻すぼみの言葉を聞いて頭の中で噛み砕いて繋ぎ合わせて考えて考えてようやく、
それが私への贈り物にするためにわざわざ用意されたものであることに思い当たった。
花の名前などわからずとも私は喜んで頂戴することにし、大切に持って帰った。
赤と白が混じった花が1鉢、白1色の花が1鉢。
私には少々香りがきつかったが、彼らの気持ちが嬉しくて毎日鉢を見学した。

 そういう素敵な思い出が、この花にはある。
素敵な思い出の割に、金木犀との香りの違いがわからないとか
結局植物を育てるのが苦手な私はほんの数年で枯らしてしまったとか
申し訳ないような情けない事実もくっついているわけだが
それまでの経緯がとても素敵だったのでよき思い出として心に残っている。

 強烈すぎるくらいで何気ない香りだが、秋が深まって否応なしにその香りに気付かされる度にほんの少し、当時を思い出す。
あのおとなしすぎるくらいおとなしかった少女は今頃どうしているのだろう。
無事成長しているのだろうか。
秋はやはり物思いに耽る季節なのかもしれない。






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