時の流れ

 「はっ」と気が付けば、あれこれ調べながら自分でタグを書いてつたないHPを立ち上げてから既に1年が経過していた。
時が経つのは早いと思った。
子供の頃は時が経つのが遅くて遅くて1年が永遠の長さに思えたものだが
大人になってからの1年というのはあっという間に過ぎていくような気がしてならない。
子供の1年は長くて大人の1年が短い理屈が私にはよくわからないが、そう思えるのだから仕方がない。

 とてもとても小さかった頃、よく親から『大人になってから、あのときこうすればよかったああすればよかった
と後悔するのだから、そうならないように今のうちに○○しておきなさい』と口うるさく言われたものだ。
少し大きくなってからはその類のことは言われなくなり、私も親のその言葉など忘れてしまっていた。
しかし、成長するにつれて周りの人間(特に大人)の『若いときに○○しておけば今頃は…』などの言葉を耳にする機会が増えた。
そのような言葉を聞く度に疑問に思う。
何をそれほどまでに後悔することがあるのだろうか?
私だって、過去にあれこれしておけば今頃はもっと優秀な人間になっていたかもしれないのに、と漠然と思うことはある。
だが、よく考えると後悔の時点にまで遡ってやり直したとしてもその後廻り廻って結局今あるのは「今」の自分でしかなく
またその過去に何らかの後悔の対象事を見出すに違いない。
今、後悔することによって今後に活かせることであれば後悔するのも悪くないと思うが
無意味な後悔はしない方が精神衛生上いいのではないかと思う。
ま、個々人の勝手かもしれないが。

 約1年前、HPを立ち上げたときと現在では随分生活環境が変わった。
社会的に見ていいように変わったのか悪いように変わったのかはよくわからないが、
自分では少しずつ前進しているような気がする。
少なくとも再び何らかの形で社会と接触し、少なくとも表面的には社会から見て不自然でない程度の生活をしているように思う。
社会に溶け込んでしまうことが必ずしも望ましいことではないことはよくわかっているが、
今の私には社会に溶け込むことも前進という一つの形だと思っている。

 そのうち、しばらく前の状態のことや今の状態のことを顧みて『あの頃もっと頑張っておけば…』という言葉を
発するときが私にも訪れるのだろうか。
先のことは何とも言えないが、やはりそんなときがくるような気がしない。
しかし、そういうことを今考えるのはおかしいかもしれない。
何故ならば、しばらく前の状態よりももっともっと悲惨な状態に今後陥って這い出せなくなるかもしれないではないか。
もしそうなったら、今の状態のことなど後悔の対象ではなくなるに違いない。

 時の流れは速く、私にはその流れを止める力はない。
せめて、いつか『あのときもっと頑張っていれば…』ではなく『あのときはああいうときだったのだなぁ…』と
よくも悪くもなく、ただ過去を振り返って受け入れることができればと思う。






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