女性専用車

 しばらく前から各電鉄会社で実施され始めた女性専用車に何度か乗ったことがある。
女性専用車に乗り込むと、いきなり無遠慮な人々の視線が体中に突き刺さる。
痛い痛い、視線が痛い。
やがてドアが閉まり、発車後しばらくして一通り人々の値踏みが終わったと思われる頃、視線がすぅっと遠のくのがわかる。
女というものはどうしてああ露骨に人を値踏みするのだろうか。
更によくないことに、人を値踏みした後で目を逸らすとき「ふん、こいつは大したことないな」
と思っているのがあまりにもよくわかりすぎる。

 最近は、綺麗な人やかわいい女の人が本当に多い。
女性専用車のように女ばかりが集まっている場所へ行くとますますそう思う。
細くて華奢で綺麗で、私が男なら思わず守ってあげたくなるような人ばかり。
おまけに皆とてもお洒落だ。
勿論、中にはお世辞にも綺麗ともスタイルがいいとも言えない人だっている。
しかし、そのような人達も彼女達なりにとてもお洒落だ。

 彼女達を見ていると、お洒落な人というものも何通りかに分類できるように思う。
実際に綺麗で自分でも自分の魅力を正確に把握しており、且つそれを申し分なく表に出している人、
本当はきっととても綺麗なのだろうが、見せ方が間違っているためにせっかくの美貌が台なしになっている人、
実際はさほど綺麗でもなく、加えてどこか勘違いなお洒落をしているが故に全く見るに耐えなくなってしまっている人、
実際はさほど綺麗でもないが、うまくお洒落をしているために綺麗に見えている人。

 こんなことを公言していたら、私はきっとそのうち誰かに刺し殺されるに違いない。
それにしてもお洒落な人の多いこと。
自分はファッションセンスのかけらも持ち合わせていないので、人様のファッションを正しく評価することはできないが、
ごてごてと飾り立てていたり、シンプルにまとまっている中にも一片のお洒落が見えたりと、努力が窺える。
綺麗な人もそうでない人も、方々に努力が見え隠れするのは皆同じだ。
もしかして、そういう努力をするのが女というものなのだろうか。
そんな私はというと、綺麗という類の表現とは無縁である。
まして、かわいいなどは論外だ。
それに加えてお洒落などほとんどすることがない。
多分、私の最大級のお洒落がようやく他の女の人の普通の格好に匹敵する程度ではないだろうか。
大体、お洒落の仕方がわからない。お洒落にお金をかけるのも馬鹿馬鹿しく思えるし、そんなお金もない。
よって、お洒落の研究もその努力もほとんどしない。
だとすると、私はもしかして女「落第」ということになるのか?

 とりとめのないことを考えていると次の駅に着き、乗り込んできた女の人達の視線が突き刺さる。
痛い痛い。私を見るな。見るならその辺に腐るほど転がっている綺麗な人を見た方が目の保養になるぞ。
私は見るに値しない。だから、痛いってば。
ほらね、やっぱり「こいつ大したことないな、見て損した」という感じで目を逸らすでしょ。
だから見るに値しないって言ったのに。馬鹿だな。

 だが、地下鉄などで何気なく車内を見回すと幻滅することしきりであることもまた事実である。
素顔の人が車内で一からお化粧を始める。
まつげをくるんとさせる器具までしっかり準備済みでまつげをくるくるしている。
揺れる電車の中で立ったまままつげをくるくるする技術には確かに舌を巻くけれど…。
そして、次はやはり立ったままでアイラインを引いている。
ハイヒールを履いているので少しの揺れにもよろける。
危ないっ!とこちらが冷や冷やする思いだ。
そうして綺麗なお顔のできあがり。
彼女は颯爽と電車を降りて行った。
若作りをしているあるおばさんは、腕をおもいきり上げて脇の臭いを嗅いでから、
おもむろに消臭スプレーを取り出して脇にふりかけていた。
そうかと思えば、綺麗で服装もぱりっとしていて一分の隙もないような素敵な女の人が車内でいきなり靴を脱ぎ始めた。
何事かと思っていると、鞄の中から出てきたのはカラフルな5本指の靴下。
それを車内で時間をかけて丁寧に履く。
履き終えると何事もなかったかのように足を靴に収め、窓ガラスを鏡代わりに丹念に全身のチェックを始める。
窓ガラスの前であっちを向いたりこっちを向いたり。
髪に指を突っ込んでふわっとなるように。ふわっとふわっと。
よし、これで完璧ね、私ったらなんて魅力的なのかしら。
考えていることが手に取るようにわかる。
幻滅の嵐だ。
ここはあなたの部屋じゃないのだから。
そういうことは是非家でやってきてください。
他にも窓ガラスを相手にチェックをしている人はたくさんいた。
よくそれだけチェック項目があるなと呆れるくらいいつまでもいつまでもいつまでも
窓ガラスに映る自分の姿を眺めている。
襟元を正すとか皺を伸ばすとか、その程度のことではない。
髪を何度も何度もひっかき回したり、スカートの裾を引っ張り下げたかと思うと
上着をたくし上げてスカートを引っ張り上げ、また引っ張り下げたり。
襟を立てたり寝かせたり下着のラインを修正したりストッキングを右に引っ張り左に引っ張り
それはそれは目まぐるしく忙しいことだ。
女というのは本当に不思議な生き物だ。

 いつから人々はここまで恥じらいを失くしてしまったのだろうか。
そのうちに車内で着替える人が出てくるのではないかと、私はひそかに危惧している。

 そんなどうでもいいことを考察しながら顔に落ちてきた邪魔な前髪を振り払おうと頭を振った拍子に、
もたれていたドアにおもいきり後頭部をぶつけた。
自分の中で痛いより恥ずかしいという感情が先行していることを確認して少しほっとする。
どうやら、私には一応恥ずかしいという感情が存在するらしい。

 それからもう一つ気づいたこと。
女性専用車では人々は席を詰めないらしい。
ラッシュ時はともかくとして、立っている人が車両の中に10人程度の混み具合では
7人掛けの席に5人くらいの割合だ。
そして、その僅かな隙間に座る人がいても両隣の人は動かない。
これは女同士だからという安心感の一種なのだろうか、と思う。
だとすると、世の男達に私を襲ってくださいと格好で訴えている女の人でも、
一般車両では隙間に割り込んでくる男の人がいると横にずれるところを見ると、
一応は男に対して警戒心を持っているのかしら、などと妙に感心したりする。

 女性専用車という空間は、嫌悪感を催す場所であると同時に、
観察すると女の本性が見えてなかなか面白い場所でもある。
女性専用車に乗ることを許されていない男性諸君、一度車両と車両の間からでも
こっそり覗いてみては如何だろうか。
もしかすると、この上なく興味深いものを目にすることができるかもしれないということをここに記す。






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