犬の好きな釣り人
私の犬のお散歩コースの更に先に、埋め立てが進んでいる海がある。
犬のうちの1匹が16歳と高齢で足が弱くなっているため
海まで足を伸ばすことはあまりなくなった。
それが先日、おばあさん犬の足の調子が珍しくあまり悪くなさそうだったので
久方ぶりに海まで行ってみた。
しばらく行かない間に釣り人が増えており、かなり濃い闇に覆われていたにも関わらず、
海辺の手摺を乗り越えて釣りをしている人が数組いた。
おばあさん犬の足を気にしてゆっくりと歩きながら
何気なく一組の釣り人の足元を見ると地面に何やらきらきら白く光る長細い物が落ちている。
一度は通りすぎたが、犬達を引きずって後戻りした。
それは太刀魚だった。
思わず『あぁっ、太刀魚だ〜』と声を出すとその釣り人は振り向いてにこにこと話をしてくれた。
と言っても、太刀魚の話ではない。
そのおじさんが飼っているというダルメシアンの話だ。
おじさんのダルメシアンは今年5歳で大きくてやんちゃで困っているけれどもとてもかわいい
という話を一生懸命してくれた。
私が太刀魚の話を引き出そうと『この辺りは太刀魚はよく釣れるんですか?』と尋ねると
『ああ。ここはよく釣れるよ。ほら、(もう一人のおじさんの足元を指しながら)あそこにも1匹転がっとるわ。
んで、この子(私の犬)はいくつや?』と返ってきた。
『この太刀魚は規模としてはどれくらいなんですか?』と尋ねると
『こんなんは全然小さいわ〜。16歳いうたら随分長生きやないか、なぁ』と返ってきた。
きっと、おそろしく犬好きなおじさんだったのだろうが、
どうも私の求める情報を引き出すのは大変そうだったので退散することにした。
普段、私は用もなくして知らない人に話し掛けることは絶対にない。
そんなことはまずあり得ない。
だが、今回はアクシデンタリーとはいえ、話し掛けてしまった。
普段やり慣れないことをしてしまったので、今度は退散のタイミングと仕方がわからない。
困った困ったと思い悩んだ挙句、おじさんが犬の話に一段落つけて海の方を向いた隙に
『それじゃ、頑張ってください〜』と、できるだけ失礼な印象を与えないように
声のトーンを少し上げてその場を去ろうとした。
すると、おじさんはくるりと振り返って
『おう。ねぇちゃん釣りは好きなんかい』と話し掛けてきた。
(ちなみに、私は「ねぇちゃん」という呼ばれ方はどうもいけ好かない。)
やっと進めるといきり立つ犬達に少し引っ張られ気味になりながら
予期せぬ質問に戸惑って必死で頭の中で言葉を捻りだし、やっとのことで
『あぁ、えぇ、うぅ、見るのは好きです』と犬達に引っ張られて歩き始めながら答えた。
おじさんは、がはははははと豪快に笑いながら
『なんじゃぁ、そりゃぁ。自分でやらんな、どうにもならんやないかぃ』と大声で言い放った。
知らない人に話し掛けて、まともに会話をして、ちゃんと退散できた
自分の勇気に感心したり少しどきどきしたりしながら帰ったわけなのだが、
それにしても、何というか、どうにもこうにも、私の居住区域の周辺のガラの悪さには辟易する。
というのが今回の最終的な感想だ。
土地柄なのだろうが、どうしても言葉の悪さに馴染めない。
というわけで、諸々の理由により、今度からは興味を惹く物を発見しても
不用意に声をあげるのはやめよう…。
と思った。
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